書道とぱんだとハイボール

★書道家 ★コミュニケーションカウンセラー ★シングルマザー ★コラムニスト  大学受験をしたものの不合格。一浪したものの第一志望不合格。アナウンサーになりたかったものの試験は全滅。結婚したものの離婚。娘は不良→不登校→高校中退などなど。でも何とかなる何とでもなる!そう伝えていけたらいいなって思っています https://okabeayumi.net

#国語

日本語と国語


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言葉と文字は笑顔の源!
書道家カウンセラーの岡部あゆみです

「日本語を話せるから国語は
勉強しなくてもいい」という人がいるが
私はそうは思わないのでモヤモヤしていた

国語と日本語の違いは
次のようなものだそうだ

日本人が学ぶのが「国語」で
日本以外の国の人が学ぶのが「日本語」
という具合に使い分けることができます。
 

国語と日本語は別物だと思っていて

国語というのは
話すだけじゃなく
物を考える力を付けていくものだと思う

例えば

★幕府は1639年、ポルトガル人を追放し
大名には沿岸の警備を命じた

★1639年、ポルトガル人は追放され
幕府は大名から沿岸の警備を命じられた

この二つは違う意味だが、中学生の正答率は57%だったそうだ

この事実に対して
現役の高校の国語の先生が次のように
答えたくれた
「高校生でも、どうしてこれは違うのですか?と
聞いてきます。意味が違うというと、キーワードとなる語は
全部合っていますと言ってきます」


今は、自分が読みたいものを
読みたいように読むというのが
主流になっているような気がするが

自分が進んで読まないものでも
文の意図を汲み取る力を付けていかないと
本当に言いたいことが何なのかが
わからないままに
物事を判断してしまう可能性がある

日本人だからこそ
国語は大切だと思う
オカベなのでした(^▽^)/

贅沢な時間

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書道とコミュニケーションで人を笑顔に!がモットー
コミュグラフィーナ代表岡部あゆみです

私が今でも思い出に残っている授業がある
それは高校2年の現代国語の時間

教科書には夏目漱石の『こころ』が載っていた

『こころ』は、ざっくり言うと
【私の元に亡くなった恩師から手紙が届く
そこには次の内容が書かれてあった
恩師は学生時代の下宿でKと出会い親友になる
そのKから下宿屋の娘への恋心を告げられる
でも恩師はその気持ちを知りながら
Kを出し抜きその娘と結婚する
その後、Kは自殺する
それから恩師はずっと自責の念にさいなまれながら生き
明治天皇が崩御した知らせを受け自害する】

今思うと深いなあと思うが
17歳のその当時は、さほど考えずに読んでいた(笑)

授業は、段落ごとに
生徒が順番に読んでいくというものだった
窓の外を見ると木々の間から日が差し込んでいる
誰も何も言わない静かな空間の中で
小説の音読のみが聞こえる・・

それはまさに今考えると
とても贅沢な時間だったと思う

精神の成熟途中のこの時期に
知識を詰め込むのも大事だが、
このような時間も大事だなあと私は思っている

一人一人の心の中で、いろいろなことを感じ、考え
(授業以外のことも違うことも考えていた私だが)(笑)
好きな時間だった

その国語の先生の名前はすぐに思い出せないが、あだ名は『のび太』だった
ドラえもんの、のび太くんにそっくりだったからだ(すみませ~ん)

先生お元気ですか?
私は元気でやっています
相変わらず国語好きです(笑)









国語の読みが苦手な子に

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書道とコミュニケーションで人を笑顔に!がモットーの岡部あゆみです

プリントでも本でも
文章がうまく読めない子がいる

そういう時は
一緒に文章を読んであげるとかしていると思います

でもちょっとの工夫で読めるときもあります

それは定規
縦書きだったらその行の左側にあてて
横書きだったら業の下にあてて
一行ずつ読んでいく

そしたら読める子もいます

読む一行だけ残してあとは
全部隠すという方法もあります

そこだけに集中させてあげることで
読むのがラクになる子もいます

最初に全部読んであげるのもいいですね
お手本を見せることと
内容がわかるので理解しやすくなります

読んで理解は
国語だけでなくあらゆる教科で使う能力です

読み方の工夫で学習がしやすくなったりしますよ












亡くなった国語の先生に

言葉と文字で人を育む書道の先生
岡部あゆみです
gakkou


高1の頃、国語の先生がある日の授業で次のようなことを私たちに提案した

「先生の友達が沖縄で先生をしているんだけど
たまたまクラスの人数が一緒なんだ。
だから同じ出席番号の者同士で文通をしてみるのはどうだろうか?」

クラスの反応は様々だったが、その話はいつの間にか立ち消えた

それからしばらくして、その先生は入院した。
あとで聞いたら胃がんだったらしい
まだ、40代だったと思う

そのまま先生は帰らぬ人になった

お葬式の後に家族の方が先生の写真と共に学校に寄ってくださった
全校生徒が校門で出迎えた

まだ小さいお子さんを見ながら何とも言えない想いが頭の中で交錯した

あの時、文通をしていればよかったねと後で友達と会話した

後悔しないように生きて
そして生きてることは素晴らしいことなんだよ

その先生は教えてくれたような気がする




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