書道とぱんだとハイボール

★書道家 ★コミュニケーションカウンセラー ★シングルマザー ★コラムニスト  大学受験をしたものの不合格。一浪したものの第一志望不合格。アナウンサーになりたかったものの試験は全滅。結婚したものの離婚。娘は不良→不登校→高校中退などなど。でも何とかなる何とでもなる!そう伝えていけたらいいなって思っています https://okabeayumi.net

2020年09月

移り変わる

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言葉と文字は笑顔の源!
産業心理カウンセラー&書道家の岡部あゆみです

【人間を構成している90%は1年で入れ替わる
川の流れのように流れ移り変わる
本当の自分など存在しない
変わっていくこと、それが学ぶということ、知るということ】

日本の医学博士、解剖学者で東京大学名誉教授
『バカの壁』の作者である養老孟司さんの言葉だ


これを読んだ時に入れ替わらない10%は何だろう?と考えた
老いとか死かなあと思ったがわからない

だけど今の自分は
1年前の自分とは明らかに違う自分だと思うと何となく面白い

去年の9月から一年間の出来事を考えると
日々を思い返すと、なるほど良いことも悪いことも色々あって
そこから学んできた

そして1年同じ出来事というのはない

行事は同じでも、感じることはその時で違う

今いるのは2020年バージョンの自分なのだなと思う

毎年バージョンが違うと思うと面白い(笑)

限定バージョンで特別なのだ

今の自分がキライでも1年後には変わってる

そう考えると気持ちがちょっとラクになる

私は方丈記の冒頭が好きだ

【ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず
淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまりたるためしなし
世の中にある人とすみかと、またかくの如し】

訳すとこうだ

【流れて行く川は決してとどまることなく
流れる水は元の水でもない
水の泡は消えたり生まれりを繰り返しながら
長い間とどまっていることもない
世の中にある人と家も、この流れと同じようである】

今がそうだからと言ってそれは長くは続かない
絶えず変化している

いにしえの世からの揺るがない法則だ















イキイキ☆キラキラ

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言葉と文字は笑顔の源!
産業心理カウンセラー&書道家の岡部あゆみです

自己表現には
個人的な好みや感じ方を相手に伝える手段
作業に没頭したり、自分の心地よい空間を作り上げたりという創造の手段がある

自己主張は、相手にわかってほしい、伝わってほしいという気持ちが強いが
自己表現は、自分が楽しむという要素が強い

絵を書いたり
踊ったり
文字を書いたり
DIYをしたり・・

それぞれの自己表現がある

そして自己表現というのはその人の生き方なのではないかなと思う

サッカーの三浦知良選手が、53歳6か月と28日でのJ1出場となり
最年長出場記録を更新した

テレビが始まった時から今までずっとご活躍をされている
黒柳徹子氏はプロフェッショナル仕事の流儀に出演した際
インタビューで次のように答えている

「昔と比べて悪くなっているに決まっているじゃないですか
年をとっているんですから
昔はできたのに今はできないって悩んだところで何の得もないですもんね
過去を引きずらない。今だけを考えて生きる」

三浦氏、黒柳氏を見ていると
とてもイキイキしているように映る

自分の自己表現の場でベストを尽くしている

自分のやりたいことを責任をもってしている人は
目が輝いていると思う

黒柳氏は
プロフェッショナルを次のように定義している

【高度の知識と、それから技術を持って仕事を継続してやっていくこと
情熱を持って熟練した仕事を継続してやっていける人】

私もイキイキ過ごしていけたらいいなと思うし
そうしていきたいなあと願っている













彼岸花

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言葉と文字は笑顔の源!
産業心理カウンセラー&書道家の岡部あゆみです

彼岸のお墓参りに行ったとき
彼岸花が咲いているのを見た

彼岸花の名前の由来は2種類あるそうだ
まず花の咲く時期

もう一つは
どの部分にも毒を持っている植物なので
これを食べたら彼岸に行くという説もある

更に、雨が降ると一気に咲きそろうそうだ

何となく『あの世』をイメージさせる

名付けた人はスゴイなと思う

一方で
その毒を活かして
悪さする動物から死人を守っていたという

昔は土葬だったから、彼岸花の存在は
頼もしかったであろう

テレビで動物のフンを食べる糞虫の生態を見た
牛や象などの大量のフンを消化していく

その虫の存在がないと
そこから疫病が発生する可能性がある
分解してくれることで
それを防いでくれている

自然の中で
それぞれの役割があり
時の流れを守ってくれている

自然は英語でNatureと訳すことが多いが
そこには
生まれ持ったとか
人の本質という意味もある

自然体というのは
植物や昆虫のように
自分の生まれ持った本質を
見せるということなのだろうか?

ただ人の本質というのは1つではない
付き合う人とか環境とか習慣など
様々な要因で変わる

だからこそ、
自然体の自分を求めるというのは
難しいことなのではないのかなと感じる

今のあなたが自然体なのだから










定まらない

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言葉と文字は笑顔の源!
産業心理カウンセラー&書道家の岡部あゆみです


本屋さんに行くと平積みで色々な種類の手帳がおいてある

今は1月始まりや4月始まりなどもあり
年中、手帳の季節になっているが

これから年末にかけてが特に賑わいを見せる

「手帳はこれ!」と決めている人もいるが
私は中々決められず
毎年違う手帳を使っている

大きさもマチマチだ

だけど、こだわっていることが一つだけある
それは
土曜日と日曜日の枠も同じ大きさになっているものを選ぶ

中にはウイークエンドのスペースが小さいものもあるが
私は土日も教室があるので
同じ大きさの方が使いやすい

スケジュールが埋まっていないと
不安になることもあったが
今は、その白いところが充電時間だと
思うようにしたら何となく気がラクになった

誰かに会うとか
出かけるだけが予定ではない

勉強をしたり
本を読んだりといった自分の為の時間も
立派な予定だ

白い時間は充電時間


書いていない、見えない時間の過ごし方も大切だなと思う







土下座と座礼

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言葉と文字は笑顔の源!
産業心理カウンセラー&書道家の岡部あゆみです


教室の生徒の挨拶は様々だ

大抵は玄関で、「こんにちは」「さようなら」と言って帰る
中には「ありがとうございました」と帰る子もいる

その中で私のところに来て
座礼をして帰る子がいた

その子を見た他の子が
「先生、何であの子は土下座をしたの?」と私に言った

そっか・・
半沢直樹の影響もあり、子ども達には座っての挨拶=土下座に見えるんだなあと思った
と同時に、座礼と土下座の違いを説明しないとと思った

土下座は、地面や床に、じかに座り平伏すること
そして一方のみが行う

座礼とは座ってする礼のことだ
頭は床につけない
そしてお互いがする場合が多い

柔道や茶道など日本には道の付く習い事には座礼をする機会がある

礼とは相手を敬うことだ

土下座と座礼は全く違う
土下座はなくなってもいいと思うが


座礼の文化は残して起きたいなあと思う













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