言葉と文字で人を育む書道コミュニケーション講師
岡部あゆみです
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いじめの話題になると

「いじめる側は悪いけど
いじめられる側も問題があるかもね」と
いう言葉を耳にすることがある

私はそういうことを言う人が苦手だ

その人に問いたい

「どういう問題があったらいじめてもいいのですか?」と

いじめる側が100%いけないと思う

私ははっきりそれを自分の習字教室でも名言している

友達をからかったり、ばかにしたりする風景を目にしたとき
私はすぐに言っている子を叱る
「先生はそういうことは嫌だから」と
はっきり言う

ある日、友達をからかった生徒がいて叱った

その後、その子と二人になったときに聞いてみた
「何で傷つけるようなことを言ったの」と

その子は言った
「見ていてイライラしたから
その自分の気持ちを相手に話したかった」

私はそれに対してこう言った

「自分のイライラした気持ちをぶつける必要があるの?
それを話したところで相手はいい気持ちになるの?
自分の悪い感情を友達にぶつけることはしない方がいいよ」

その子は何か考えているようだった

そういう時、私は子どもの年齢に関係なく真剣に語る

言われた子はその時はわからないかもしれない

でも「そういえば先生あんなことを言っていたな」と
思い出してくれるだけでもいいと思っている

私の好きな哲学家の池田晶子さんは
自身の著書『14歳の哲学』で次のように述べている

【友達をいじめて
その子が辛い思いをするのを見て
喜ぶような心は悪い心だ
本当の幸福を知らない心だ
自分の心が
自分が悪く不幸になることが
自分にとってどうしてよいことであるだろう】

その通りだと思う





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